女獅子隠し
この獅子舞の中で、個人技が最も発揮される芝です。男女の恋の葛藤を描く、繊細かつ優美な舞をお楽しみください。女獅子と雄獅子は女と男の関係になります。女獅子に対する雄獅子の優しくかつ執拗な誘い。雄獅子の演じ手は本気で女性を誘惑するつもりで舞います。恋人に未練を残しつつ、次第に新たな恋にひかれて誘い出される女獅子の演技は、上級者が演ずると見る者の涙をさそいます。また、チラシの笛は甘美な節を繰り返します。2時間を要し、獅子にとってはもちろんササラにとっても、体力と精神力が要求されます。
「女獅子隠し」はどこの三匹獅子舞にも必ずある芝です。それぞれは内容によりいくつかに分類できますが、下名栗のものは次のようなストーリーになっています。
3匹が花を見ながら楽しく遊んでいると、そのうち小太夫が大太夫に気づかれぬよう女獅子を誘い、自分の隠れ家へと連れ込みます。この芝では女獅子は恋人役です。ここで筵が敷かれ、小太夫と女獅子は寄りそって眠りにつきます。大太夫はそんな事には気がつかずのんきに遊びまわっていますが、やがて2匹がいないことを知り、小太夫の隠れ家を探します。
ようやく小太夫と女獅子が仲良く眠っているところを見つけ、つづいて女獅子を誘い出しにかかります。右前から、正面から、左前から、最後には2匹の間に足を入れ、割って入るようにしながら女獅子を誘惑します。初めは無視する女獅子も、積極的な誘いに次第に心を動かされ、ついには小太夫に未練を残しながらも、少しずつ少しずつ大太夫に誘い出されていきます。少し誘い出されては小太夫のもとへ戻り、また誘い出されては戻ることを繰り返しながら、誘い出される距離がだんだんと遠くなり、ついに未練を断ち切って大太夫のものとなるのです。
誘い出される時のこまやかな女獅子の表情や頭の振り方、小太夫との微妙な距離の変化にご注目ください。女獅子をわがものとした大太夫は、その喜びを大きな舞いで示しながら、小太夫の隠れ家に「ザマを見ろ」とあざけりにいき、女獅子とともに自分の隠れ家にこもります。
ここで小太夫は眠りから覚め、おぼつかない足取りで隠れ家から出てきます。笛のテンポは急に遅くなり、小太夫の眠そうな様子を実によく演出します。小太夫は大太夫の隠れ家を探し、大太夫による女獅子の誘い出しと同じ所作を行い、女獅子を誘い出すことに成功し、再び隠れ家に連れ込みます。
これに気づいた大太夫は眠りから覚め、女獅子の居所を突き止めます。とうとう大太夫と小太夫は派手な喧嘩を始め、女獅子は花(ササラ)の中に隠れてしまいます。ここを「喧嘩場」といい、女獅子を再度誘う場面から舞い続ける大太夫役にとって非常に苦しい場面です。2匹の雄獅子の喧嘩があまり激しいので、女獅子は花の中から出て仲裁し、再び3匹は仲良く舞い、チラシが終わります。
謡
(C) 思ひもかけぬ 朝霧が下りて そこで女獅子が かくされたよな
(A) 天竺の あひそめ川の はたにこそ しくせ結びの 神たたれた まことしくせの 神ならば 女獅子雄獅子を 結び合わせろ
(B) これのお堀へ 来て見れば さても見事な こひのやつづれ