新たな過疎化と獅子舞の継承
コロナ禍による活動自粛により、下名栗周辺地域でも継承が難しくなっていた民俗芸能について、再開できないもの、再開できても縮小開催となったものが数多くあります。それに追い打ちを掛けるのが、地球温暖化によると考えられる猛暑です。夏季の祭礼は開催方法や開催日程を再考しなければならないほどの酷暑の夏がつづいています。その中にあって、今のところ当獅子舞はコロナ禍以前と変わりなく再開できています。暑さに慣れる練習を重ね、祭礼当日もきめ細かな暑さ対策をしての継続です。
もちろん子どもの減少は避けがたく、前述の通り平成21年(2009)から女子だけだったササラに男子も参加してもらうようになりました。令和5年(2023)にはササラ経験者から獅子を始める者が誕生しました。ササラはコロナ禍以後それでも不足する状況にいたり、経験者の大学生など成人にも積極的に参加を依頼して、ササラの人数を確保しています。
一方、男子もササラを担当しているため、笛への子どもの加入がほとんどなくなり、また笛で育った男子が多く獅子に移るため、笛の人数は2000年代の30名を超えた時期に比べると半数以下になっています。それでもササラから笛に転じ、あるいは妻・母親として笛に参加した女性が積極的に練習を重ね、現在笛の中心は女性になりました。
現状の担い手は、子どもの頃は下名栗在住でも、大人になって地区外に居を構える者が増えています。このような担い手自身はもちろん、その子どもたちにもササラや笛で、さらに成人して獅子としても参加してもらっています。それにならって、生まれ育ちが下名栗地区と関係なくても、この獅子舞に興味を持ち、積極的に練習に参加できる方は、諏訪神社の氏子に加入すれば保存会に加われるよう会員条件を緩和しています。
一方、コロナ禍によるリモートワークの拡大や、小規模で魅力あふれる名栗小学校への入学・転校希望の増加も手伝って、新たに名栗に移住する家族が増えてきました。令和5年(2023)、6年と、そうした家族からササラやそして獅子へも参加者があり、練習にはげんでいます。
獅子舞の現状
獅子は、初春に役決めがあり、春になると各芝ごとの練習が始まります。6、7月には境内の周囲に電球をつるし、そこでは上がった者やベテランの指導者が模範を見せながら手取り足取り教え、稽古始めには基本的な踊りができるようにしておきます。20世紀終わり頃には統一した踊り方を体系化し、以後3匹が同時に動く際はそろった踊り方ができるよう努力してきました。戦前からの獅子の経験者であった古老にも、今の獅子が一番そろっていると言わしめたほどです。
笛方は、5月から定期練習日を設け、取りまとめ役である親笛など指導者が前に立ち、初心者は後ろについて指を覚えます。笛の節は指譜で作り、独習できるようにしています。しかし、基本は指導者の後ろで実際の音を聞きながら会得します。笛の制作者を統一して音程がそろえられるようにし、美しい笛の音をつくり出しました。全体が吹けるようになった者には年齢を問わず練習で親笛を担当させ、21世紀に入ると本番で親笛のできる者が複数名いるようになりました。
ササラは、現在の指導者が戦後の擦り方を習い、それを参考にササラを体の正面で擦る方法を基本としました。8月1日の稽古始めから子どもたちの担当の芝を決め、指導に当たっています。
獅子・笛・ササラは、稽古始めから週2、3回の夜間練習と2回の昼稽古を全体で進め、揃い、例大祭にのぞみます。
現在保存会はササラを始めた小学2、3年生から80代の顧問まで、約90名が年代の切れ目なく所属する組織になっています。一般には中・高校生が地域社会から切り離されていく傾向が強い中で、当保存会ではこの年代をも取り込み、また当獅子舞に興味を持つ地域外の方の参加も可能としてきました。地域文化の継承に深い理解と自負をもつそうした会員たちが、自らの芸を磨き、後継者の育成につとめています。